The Sword of Truth  21


 「なんだとっ!?」
 大臣は絶句した。モホラも。
 フラゥンも。
 ナユも。
 そして魂声の届いたすべての人々が。
 「彼女はパディ王の実の娘だ。」
 イラムは顔と手ををフラゥンの方に向けようとしたが、自力ではかなわなかった。少女は吸い寄せられるように歩み寄った。火傷の生々しい傷跡もむごいが、高貴な、やさしい顔が目の前にあった。
 「お父さま・・・が?」
 フラゥンは呆けたように繰り返した。
 「このことは誰にも―とくにあなただけには、絶対話さないでほしいと、王は頼まれた。
 だが約束を破ってでも、今、伝えなければならない。」
 イラムは目を閉じたままだったが、少女は相手のあたたかなまなざしを感じた。湿布の上からそっと手にふれる。
 「剣の師であり、大の親友でもあった地方郷士・アート。その妻と、あなたの本当のお父上、パディ王は恋に落ちた。 王がまだ公だった頃の、秘められた短い悲恋。―公にもすでに妻子があり、なんといっても二人は親友同士であったから。
 やがて母上は懐妊された。何の疑いも持たず、長らく待ち望んでいた子供を手放しで喜ぶ親友に打ち明けることもかなわず、公は三人のもとを去った。」
 「歳月が流れ、お父上は即位された。そして、二人が事故で亡くなり、あなたが親戚の元で不自由な生活をしているのを知った。初めの子供は病気で、そして次の子は妻とともに失っていた王は、真相はふせたまま、手元に引き取ることにした。
 養女になる前に一度、お会いしたね?」
 「はい。お・・・お父様に連れられて、僧院でお会いしました。」
 フラゥンは、遠くを見つめるようなけぶったまなざしになった。あれは公的ではない、おしのびの訪問だった。二人は彼女を別室に待たせ、しばらく話込んでいた・・・。
 「あの時、王は私にすべてを打ち明けられた。書もしたためられた。―証拠として必要なら、あとで皆にもお見せできるものだ。」

 「うそだ・・・。」
 大臣がうめいた。ありとあらゆる情報収集にぬかりのないはずの彼ですら、それはまったくの初耳だった。母親に生き写しのフラゥンは父親を連想させる面影はなく、当然調べ尽くした地元でのどんなゴシップにものぼらなかった。事実、王は養女にしたあとも、実の娘に対して「義理」的態度をくずさず、当の娘にも、疑い深い目の大臣にも誰にも、それを連想させるような挙動はしていなかった。懐柔しようと大臣がさしむけた美女にも目もくれず、ゆうずうきかぬまでの堅物さで通っていた男なのだ。
 イラムは自分の持つ影響力を駆使し、パディ王の書を長老院で公表してまず処刑を差し止め、それから(かって行なわれたことはなかったのだが)裁定をも覆すつもりだったのだが、その直前に仕掛けられた罠によって一時人知不正になるまでの重傷を負い、かなわぬことになってしまった。
 「アート殿を実の父親と信じきっているあなたに、パディ王は自分が実の父親だとはどうしても告げられなかった。あなたがどれだけ父母に愛されて育ったか、それがわかるだけに・・・。
 あくまで昔の親友の娘、王の立場からでは一介の侍女としてか接することはできない。王にできたのは、あなたを養女にして、形だけでも「父」として呼んでもらおうとすることだけだった。
 あなたを、そしてあなたの“両親”を愛しているから・・・言えなかった。
 真実を伝えることで、何かが壊れてしまうのを王は―恐れていたのでしょう。」
 「おとうさま・・・。」
 フラゥンの青い瞳から、大粒の涙があふれ続けた。
 「わたしの・・・」
 うそ、という言葉は彼女の口からはもれなかった。こころをそのまま言葉にする魂声は、その性質上、虚偽やごまかしをのせられない。しようとしたら、相手にもそれが感じられてしまうからだ。
 事故でともに命を落とすまで、いつくしみ育ててくれた両親。父アートと母ティエンヌのやさしい笑顔。
 温和なパディ王が時折、彼女にわずかだがみせていた、奇妙な表情―寂しげな、そしていただたしそうな様子。
 あれは―実の娘に父と名のれぬ男のあせりと悲しみだったのか?
 

 若き日の、苦しい恋のあやまちからできた―しかし今となっては、たった一人の実の娘。
 妻と子供をあいついで失ったことを、自身の犯した過ちへの業罰だと煩悶し、イラムの要請で王になったあとは、一代限りの王として善政をしくことこそが贖罪だと思いつめていた王だったのだが・・・。
 パディ王は、個人の感情と公人としてのおのれとの板ばさみになって悩みぬいたあげく、イラムの元を訪れた。
 実の娘であることを公表すれば、道義的にはともあれ、世間を納得?させるには有効だ。だがふれたまま押し通すとなると・・・。 子だくさんであったならさほど問題にはならなかっただろうが、他に実子がいない以上、養女にむかえれば当然、次期王位に、血縁(実際はあるのだが)はなくても法的にはもっとも近い位置に据えることになる。
 「別にあの娘を・・・次の王位につけたいというわけではないのだ・・・。表向きは地方郷士の娘にすぎぬ。承認はえられまい。ドゥグマあたりが先頭にたって全面的に反対するだろう。かといって、養女にするが王位継承権からは切り離すと宣言するのも不自然で、かえって不審をまねきかねない。あの娘にも・・・。」
 「フラゥンはやさしい娘だ・・・ティエンヌそっくりの・・・
 一生名のれぬことはわかっている。しかし私は・・・儀礼的でも・・・まことからでなくても・・・娘から、『おとうさま』と呼ばれたみたい・・・。その想いをどうしても抑えることができぬ。
 イラム殿。こんな私を、おろかだと思っておられるだろうな。」
 パディ王は僧院の小さな一室ですべてを打ち明けたあと、急に十も老け込んだような顔で、イラムにささやいた。
 「フラゥン殿には先ほどお会いしました。―私は、彼女が次の王位につくことになっても、決して反対はしないでしょう。」
 イラムは強い感能力を持つが、人の心にむりやり入り込むようなことはしない。フラゥンを少し見ただけで、少女のやさしさと誠実さ、そしてそのやさしさをささえる心のしんの強さを感じることはできたが、自分の弟とのつながりまではさすがに読み取れなかった・・・。
 「今のままでは―侍女のままでは―万が一、私が急に死ぬようなことにでもなれば、なんの保証もしてやれぬ。いったん王の養女になれば、王位につかずとも、一生安楽な生活ができるだけの所領はつけてやれる。」
 「いつか、名のれる日も来るでしょう。」
 「私には・・・できぬ。今の私には・・・。
 私は怖くなって逃げたのだ。ティエンヌにすべておしつけて。今さら何と言って名のれよう。・・・せめて、私の肝いりでよい夫を選び、幸せな家庭をもたせてやりたい。」
 「・・・・・。」
 聖イラムの承認を得、パディ王はフラゥンを養女にすると発表し、曲りなりにも「お父さま」とよばれ―幸せだった。
 が、そのあといささか体調をくずし、自分の健康に不安をおぼえた王は、元気なうちに娘にしかるべき家柄のむこをむかえ、自分がいつ亡くなっても万全な状態にしておきたい気にかられた。このいきなりの養子縁組には、大貴族からの陰での非難も多く、高貴な血筋の若者を迎え、その家のバックアップを得られれば、という政治的な思惑もむろんあったろう。
 聖イラムが認めてくれるといっても、彼は王宮とは離れてくらしている。日常の補佐はできない。
 そしてそれらのいきさつがドゥグマ・ゲンに悪用され、実の娘を窮地に追い込むことになったのである・・・。


 「私には・・・二人のお父さまがいたのですね。」
 フラゥンの声はふるえていた。しかしそのまなざしにくもりはなかった。
 少女は、イラムの手が父そのひとであるかのように、そっとそっとほほにおしあてた。かって白くなめらかだったその手は湿布でおおわれ、その下には、まだ生々しい火傷痕と爪のはがれた指があるはずだった。湿布を涙でぬらして、
 「イラム様、私は・・・私は―」
 「あなたは愛されて育った。そして、今も。」
 イラムは、さすがに驚いてあ然としている弟に気をむけた。
 「お前にも黙っていてすまなかった。―王との約束で。もっともお前は彼女が何者であろうと気にはかけまい?」
 「う・・・うん!」
 兄に話しかけられ、ナユは、いつもの調子に瞬時に戻った
 えんえんと格闘している大臣一行に目をむける。
 「ところで―こいつら。」
 たてがみはいっこうにその力をゆるめる気はないようで、部下達の助けでなんとか呼吸はつなげるものの、大臣の顔はどす黒くなって、その場で即位の肖像を描かせてもいいように入念に整えた豪華な衣装も、装飾はずれ、自慢の縮れ毛もぐしゃぐしゃ、はなはだ見苦しい。モホラにいたっては、茹でもどしたミイラのよう、人間の顔とは一線をひきたいご面相になっている。
 「さっきから忠告しているのだが・・・大臣よ、これでもフラゥンが犯人と言い張るのか。」
 「当たり前だ・・・ぐっ!」
 締め上げる力が一段と強くなったらしい。
 「その娘が犯人だ!実の父親と知らずに実父殺しをしてのけたのだ、ぐぇっ、もっと罪は重いぞ!」 
 「強情な方だ・・・あなたが罪を否定するごとに、そのたてがみは力を強めていくというのに。それを―内にあるものを吐き出しさえすれば、ゆるむ。
 いったんたてがみが巻きついたら―たとえこの私でも―罪の告白なく、助けることはできないのだよ、お二人とも。」
 ずっとせっぱつまった状況にあったため、イラムがふつうの声でなく魂声で話しているのに気がつくゆとりがあったかどうかはあやしい。だが、大臣も参謀も、イラムがウソを言って脅しているのではないことがようやく―わかった!
 それは二人にとって、最後の絶望的な打撃だった。それでも周りに向かって、
 「誰かこいつらをひっ捕らえろ!・・・手をもっと貸せ―人殺し!!」
 新たに二人に何かをしてやろうとするものはいなかった。大臣の部下の中にもさらに動揺が拡がり、警備の構えをといて、後退する者さえいた。そしてたてがみを懸命にひっぱっている者達だけが、今さら手を離すわけにもいかないので、困惑しながらもかろうじて大臣達の生を支えていた。
 お祭り気分になってきた人々は、魂声によって語られたパディ王の心情に涙し、さっきからのやりとりで―聖イラムはさすがに名指しでは言わなかったが!―彼らにも飲み込めてきた真犯人らしい人物の大騒ぎを、遠慮ないコメントを加えつつ見物していた。
 「すごい力だな!オレ、なにも思わずひきぬいちゃったけど。」
 ナユは兄を見る。まだ涙がはらはらこぼれ落ちるまま、フラゥンはナユにすがりついた。
 「私も人殺しにはなりたくはないのだけど・・・」
 イラムが困ったように言った。
 「た・・・助けてくれ・・・!なんでも話す!だからこいつを・・・!!」
 ついに、大臣と参謀の、恥も外聞もない悲鳴が高らかに響き渡った。



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