The Sword of Truth  20


 「ドゥグマ大臣、そしてその参謀の御方よ。」
   呼びかけられてもすぐ調子のよい返事ができる状態ではない二人ではあったが、さっきから人々がイラムの名前を叫んでいるのは充分聞こえていたし、精神感応で放たれる魂声は、なまじ肉声の大声よりははるかに存在を響き渡らせた。
 意識不明の重態であるはずの男が―たしかに通常はまだ絶対安静のレベルであったのだが―突然現れたのだ。最悪中の最悪。ナユとフラゥンが生還したことよりも、大臣にとっては驚愕的な事態であった。
 僧達に抱えられたまま城壁の上まで降りたイラムは、少し離れて大臣一行と向かい合った。武装兵士達は身構えたが、高名な僧侶の一行、そしてガゥーズを倒した勇者―そしてなによりもそれを見守る大観衆の目線を前にして、彼らは攻めの体勢を取ることもできず、ただ主君を守って取り囲むしかなかった。
 「それはガゥーズのたてがみ。真実のムチ。
 ガゥーズが審判の聖獣に祭り上げられ―のちに処刑機械におとしめられるもととなったもの。
 あなた達の心―心の中にある真実をすべて外に出しなさい。そうすればたてがみの呪縛からのがれられる。」
 「なんだと!」
 部下をそれこそたてがみのように鈴なりに首にくっつけた姿で、ドゥグマ大臣はイラムに向かって怒鳴った。
 自分の陰謀をイラムの能力で感知されるのを警戒して、昔から極力、面と向かっての接触を避けてきている。僧籍に入ったあとは、ここまで近くで見据えるのは今日が初めてであった。
 部下達が、首との隙間に指をなんとか差し込んで懸命にひっぱり続けているおかげで、なんとか息はつないでいるようだが、顔はどす黒い赤みを帯びて息も荒い。
大臣ほど部下がかまってくれないモホラは、とりついたたてがみの数は大臣よりも少ないのにかかわらず、もっと青息吐息でうめいている。
 「表にみせぬ悪しき心、内に秘めた邪心・・・それらがガゥーズの審判にかけられる基準となる。
 “罪をみとめぬ者” ―ドゥグマ大臣、あなたは多くの罪をおかしているようだ。」
 「何をいう!」
 魂声だからこそよけいそう響いたのかもしれないが、いつにもない強い調子のイラムの言葉は、精神感応によるものとほとんどの者が意識せぬまま行き渡ったし、ことのなりゆきに聞き耳を立て静かになった場内には、ドゥグマ大臣の怒声もよく届いた。
 「ガゥーズのたてがみには、それ自体に精神感応力がある。古来、真犯人をつきとめるため、このたてがみが使われた。真偽を問い、心の中に罪を隠し持っている人間の首にまきつき、死にいたるまで締め上げる。なんびとたりとそれを振りほどくことはできない。罪びとでない者は何ともない。
 そうやって、真実を見極めるために使われていた。かっては―
 ガゥーズ自身も野生のものは本来それほど凶暴ではない。悪しき者には攻撃的になるが、心きよらかな者には手を出さないといわれてきた。」
 「それで、幼獣狩りに囚人を―凶悪犯をおとりにするのか!」
 ナユが思わず叫んだ。ガゥーズと戦った彼には、恐ろしい魔獣の、どこか獣らしからぬ、まるで正式な闘技でもしているかのような知的?なふるまいに思い当たるふしがあった。
 イラムは弟の無邪気な声に微笑んだ。が、また厳しい口元に戻った。
 「だがいつしかガゥーズは本来の能力ではなく、その外見と力のみで利用されるようになり、単なる処刑獣として使われるようになった。・・・その過程ははぶこう。
 大臣よ、切り取った私の弟も、その傍にいたフラゥンにも、まったくたてがみは反応していない。
 この意味が―わかるか?」
 苦しさと恐怖、そして目の敵にしていたイラムのゆうゆうの態度についにぶち切れた大臣は、自分の演出用にかき集めた大群衆の前で罵倒した。
 「でたらめだ、このペテン師!・・・わかったぞ、みんなお前がしくんだんだなっ!はやくこ、こいつを取れ!でないと―おい、あいつを取り押さえろ!」
 人垣の中が少しざわつく。聖イラムをペテン師よわばりしてるぞ、あの大臣!?
 「陛下!」
 苦しい中でも職務を忘れない忠実なモホラが、あわてて笛の音のような声で叫んだが止められようはずもない。異常事態に自身に起こったアクシデントがプラスされ、さすがのドゥグマ・ゲンも平常心を欠いていた。
 イラムは落ち着いていた。少し、悲しげだった。口元を引き結ぶ。
 「その娘は―人殺しだぞ!! ガゥーズの審判で生きのびたからって、罪が消滅すると思ったら大間違いだ。
 みんな、忘れるな!その娘は―」
 フラゥンがナユの背後で身をかたくする。洞窟内でナユから一通り真相を聞かされてはいるけど、面と向かって反論できる性格ではない。ナユの眉がつり上がった。恋人がすがっていなかったら大臣につかみかかっていただろう。
 「なんだと!犯人は―」
 「フラゥンは犯人ではない。」
 イラムは静かに言った。

 群集から大きなざわめきが起こる。
 瞑想月とそのあとの災禍は、イラムを外部から遮断した。したがって、もっとも意見を求められる立場にありながら、その発言が公にされることはなかった。
 その彼が、言い切ったのだ。
 フラゥンを犯人でないと言うことは、絶対的な長老院の裁定を否定することだ。そして・・・
 犯人が別にいると断言したのだ。あの聖イラムが。

 自分の一言の作り出した波紋に気をとられるふうもなく、イラムは続けた。抱きかかえられている姿勢だが、まだ安静にしていてもたえまない苦痛が続く状態のはずである。髪も大半が失われたため、イラムがその状態で魂声を送り出すために、何人かの高僧らが増幅の手助けをしていた。
 「パディ王はフラゥンを養女にしたが不仲になり、養子縁組を取り消されるのを恐れた彼女が、養父である王を毒殺した―そうだな、ドゥグマ大臣。」
 「そ、そうだ。」
 「あなたは、買収や脅迫によって、そういう話を作り上げ、流させた。パディ王がフラゥンを養女にしたのを後悔していると・・・誰もが、殺人のあとで、そう思うように。
 だが王が、この縁組を取り消す―取り消そうとすることは、ありえない。そういう話があるとしたら、話を作った者がウソをついていることになる。」
 「どうして断言できる!お前の言ってることこそ、ただの推測に過ぎぬ。宮廷から遠ざかっていた人間に、内部のことなどわかりようもあるまい。
 いくらお前の弟がその娘とできているからといってな!!」
 ガローは、ナユが大臣になぐりかかるのを、抱きとめるようにしてかろうじて抑えた。
 「では、推測ではない真実を伝えよう。 どうしてありえないと断言できるのか。
 フラゥンはパディ王の―実の娘なのだから。」


 


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