The Sword of Truth 


 アンティオの王宮は上空から見たならば、中央に壮麗な主宮殿をおき、あとは緑の中に建物をちりばめた広大な庭園のように見えただろう。高い城壁はないが、庭園周辺には剣士宮を 配置し兵士の宿舎をめぐらし、それが王宮の防御壁となっていた。
 剣士宮は王宮中央門の両サイドに拡がっており、王の宮殿にもおとらぬほど見事な造りを誇っている。アンティオ王国は、モゥリーン伝説の発祥地だけあって剣技がさかんで、 専門の王立剣技院をかまえていた。
 王子の子息(この国では王子の子供は“王子”とは言わない)が剣士に憧れて走っても、ムリからぬ環境であった。
 「ケガ、大丈夫か?」
 その高貴な血筋の少年は、病人やケガ人を収容する療養院を尋ねていた。
 声をかけられた大柄の肌黒の少年は、左腕を包帯でぐるぐる巻きにしてくくられていた。
 「調子、いいよ。」
 「顔色、よくなったな。」
 ナユはベッド横の質素なガタガタ椅子に、用心深くそっと腰をおろした。勢いよく座ったらつぶれそうな気がしたのだ。
 「すまんな。せっかくの修行道を途中で切り上げさせ、何から何までしてもらって。」
 ナユより少し年上の少年―青年というにはまだあとちょいのところ―は、本当にすまなさそうに言った。
 「バカいうなよ。お前が助けてくれなかったら、オレはまっぷたつになるところだったんだぞ。 当然だ。
 でも、腕を切らずにすんで、ほんとうによかった。」
 「アンティオの医術は大したもんだ。 なぜお前が剣技では最高峰の国をわざわざ出て、辺境に修行しに行ったのかわからなかったが・・・。」
 「黙ってて、わるかったよ。」
 ナユは頭をボリボリ掻いた。あいかわらず大量の髪を、干草のような束ね方で頭の上にのせている。
 「お前が聖者イラム様の弟とはなあ。」
 友人の嘆息は、かえってナユの笑いをさそった。彼は巨大な悩みを抱えている時でも、陽気さをしまいこんだりしない性分なのだ。
 兄の名は辺境まで伝わっている。彼は偉大なる兄の弟であることにプレッシャーを感じたことはないつもりだが、それでも兄が僧侶ではなく、剣士として名高いほうがいいのになあと 思ったことはある。“聖者”の弟だと、やはり品行方正なイメージを求められてしまうので。
 「兄貴に治療してもらうのが一番よかったんだけどね。その体で瞑想園に忍び込むのはムリだったし。」
 「めっそうもないよ。もう、十分って。」
 大柄の少年は包帯の方の手を振ろうとして飛び上がった。
 彼の名はガロー、ナユとは辺境の草原で知り合い、すぐ友人になった。非常に優れた剣のつかい手だ。
 二人はともに旅をはじめたのだが、盗賊の卑怯なだまし討ちにあい、ナユをかばったガローは腕に深手を負った。剣士宮でケガの応急処置の講義を受け、ケガ人の治療なども見て いるナユは、恩人の腕の状態が非常に危険であるのがわかった。そのあたりによい治療師はおらず、つなげばよいという乱暴な施術を受け、ゆがんだ癒着のまま固まったら、剣士 として二度と再起できなくなる。彼は非常手段として自分の身分を明らかにし、中央の巨大なアンティオ王国の王族で聖者イラムの弟!の地位を最大限利用し、大急ぎで友人を連 れて帰国した。 ―そして、パディ王の暗殺を知ったのである。
 「もし帰らなかったら、間に合わないところだった。」
 すでに、間に合わない状態になっていた・・・のだが。
 「・・・・・。」
 友人から諸事情を大体聞かされているガローは、今現在、なんの役にも立てぬ自分が歯がゆかった。両手使い・二刀流で、独学で剣を学び、アンティオの剣法にはない型破りな 必殺剣の持ち主だったが、手術後の絶対安静状態を余儀なくされていた。
 「イラム様に、首尾よく会えたのか。」
 「ああ。何とかしてみようとは言ってくれたけど・・・時間がないんだ。時間さえあれば、兄貴のことだもの、長老院の決定をくつがえすことだって可能だろう。 でも、長老院の会議をも う一度召集させるには、早くて一週間かかる・・・その前に刑が終わってしまう。
 やっぱり―。」
 「 ? 」
 レオファーンの剣のことは、兄に頼まれたので黙っていた。瞑想園を除く他のすべての場所で、ドゥグマ・ゲンの目と耳が光っているはずだ、と兄は言った。今日尋ねて来たことも、 この中にこそ入れないものの、近くまでつけていれば感づいただろうと。
 もっとも、ガローにしゃべらなかったのは、兄には悪いが、レオファーンの剣とやらが、いまいち聖剣らしくないので、自慢しにくかっただけなのかもしれない。
 「ガゥーズの洞か・・・ああ、おれの腕がこうなってなければ、な。 くそっ。
 戦ってみたいや!」
 ガゥーズのことをあまりよく知らぬ辺境圏の者の強みか―いや、ガローは恐れを知らぬ生粋の戦士である。彼の腕が元通りになれば、アンティオでも最高剣士の誉れを受けること は確実だろう。ナユは内心、こう思った。正直に。
 そう。ガゥーズを倒すことができるものが今居るとしたら、ガローだろうな。オレじゃなく。
 だが、その友人は自分のために深手を負っているんだ。
 「それにしても・・・。」
 ガローは目の前の少年をつくづく見た。剣士としては細っこいほうの長い手足。悪ガキふうのきっぱりとした顔。よく見ればかなりの美少年なのだが、造形よりその元気よすぎるエネ ルギーのほうが印象的な目顔立ち。 彼と“全然似ていない”聖者イラム様ってどんな顔なんだろう? ナユのあまりに大ざっぱな説明では、人間像を結ぶのは困難だった。
 「なんだ?」
 「話を聞いてると、フラゥンって女の子よりずっと、イラム様は王位に近い方なんだろう?」
 「まあね。フラゥンはパディ王の養女だけど、地方郷士の娘で王家と血のつながりはない。パディ王自身、血縁からいったら兄貴のほうが断然・・・でも、王位につく気は全然ないん だよ。」
 「大丈夫だろうか。」
 「なにが?」
 ナユはのんきに言った。ガローは真剣な顔で言った。
 「イラム様だよ!ドゥグマってやつは王位をねらって暗殺を謀ったんだろう。パディ王やフラゥン姫より王位に近いイラム様が、一番、危ないんじゃ―」
 「兄貴は、大丈夫だよ。」
 弟は、友人がちょっとムッとするくらいキッパリと言い切った。
 まあ、彼は伝説やうわさ、聖者としての活動ぶりを伝え聞いているだけで、本人を見たことがないのだし・・・
 「兄貴は暗殺者を感知できるし、髪で結界を張ることができる。あれを見たら、オレの言ってること納得すると思うな。
 ドゥグマは今まで兄貴を殺そうとして、刺客を送り込んだことが何度もあるらしい。(兄貴はオレには言わないけどね)兄貴はかすり傷ひとつ、負わなかった。
 兄貴は、大丈夫なんだ。」
 弟の絶大なる保証を前にしては、ガローは懸念をひっこめるしかなかった。もうじき戦場におもむく彼に、不安を与えるようなことは、厳禁である。
 二人は続いて、剣技についてあれこれ討論し始めた。ガローは、相手が王族とわかってからも、対等に友人として接しており、ナユにはそれが快い。しばらくして看護人が「病人を疲 れさせてはいけません!」とナユを追い出すまで続いた。
 棟を出たナユは、剣士宮に向かった。一般の兵舎でゴロねが性にあっているのだが、王宮の様子が伝わりにくいため、剣士宮に陣どっている。
 歴史上の名剣士の像で飾られた「剣士の間」に足を踏み入れたとたん、ナユは、青ざめた顔見知りの男に正面衝突しそうになった。
 「わ、あぶね・・」
 「ナユ様・・・ナユ様! どこに行ってらしたんです!」
 「どこって。病人の見舞いに。」
 男は僧院の者だった。イラムの弟子の1人だ。狂人のように震えている。ひどく薄汚れた僧着姿、なんだかコゲ臭いにおいが彼からはした。
 「―どうしたんだ?」
 相手の様子にただならぬものを感じたナユの面がひきしまった。弟子僧は、こわばってガチガチふるえるあごを懸命に動かしてようやく叫んだ。
 「イ、イラム様が・・・ああ、なんということ! イラム様が・・・!!」
 「兄貴が?! どうかしたのか!?」


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