!?電脳赤恥日記?!
―ド素人奮戦記―
―2000年9月―
9月1日 インターネットにつないで自分の掲示板にはいったとたん、画面が暗転し、勝手に再起
動とスキャンデスクを始めた。そりゃ強制終了後は同じことをするわけだけど、これは進歩したのか
それとも新たなる災厄のはじまりか?? しかし、掲示板に書き込みが終わり間際に強制終了す
ると、さすがにイヤになる。
掲示板で示唆をいただき、IEの付いている付録CD−ROMを探す。5.01か・・・そこにはバージョ
ン情報の見方がかいてあった。見る。
・・・二台目くん、5.01だったのね。
再インストールしてみる。
ドキドキ。しかし、インターネットにつなぐと、またも呪わしい
「例外OEがVXD VFAT(01)+00008AB2の0028:C004AAAAで発生いたしました。 by Win 」
(なんのこっちゃ)
の表示が〜〜〜あああ!!!
リカバリしか道はないのか??!(今は無理だい)
その夜中 帰宅した電気店から電話があって、「直った」とのこと
最低10日は覚悟していただけに、うれしい! さっそく明日迎えに行かねば。
IEのキャッシュを見る。初期設定は初号と同じ60MBと思っていたら、なぜか352MBもあった。
多くてもこいつの場合意味なさそうなので、150MBにおとす。
この九月から、日記もエディターで書き始めた。以前の日記にはまだWORD文書のままのものもあるが、
少しづつ切り替えていくことにしよう。
HP閲覧中に、お馴染みのOEなんらたのブルー画面でなく、まんまのフリーズを起こす。仕方ないので再起動。
画面真っ黒なまま。あわてる。電源切って、起動。こちらのパソコンは起動デスクを作っていないことに気がつき、青くなる。
が、そこに現れたのは真っ黒な画面にWindowsのセットアップがどうしたとか、以降・謎な英語や数字の羅列。
なんなのだこれは??!
なにかをうながしているらしいのだが、意味がわからない。電源をまた切る。(これしか芸がない)
今度はまともに出た。めまいがした。
ネットにつないでいさえしなければ、いい子なのにね・・・。(IMEツールバーもあるし)
二台目の名前をピカリン二号と命名。(だって目立つのよ、800×600でドッド抜けが真中にあると!)
9月2日午後 初号機を受け取りに行く。さっそく起動。・・・ピカリンに比べて静か。おお、3ヶ月半ぶりの「!」。
IMEツールバーはあいかわらずないが、なくても困らないので可。
データも無傷。1週間でデータ無傷なら、もっと早くそのまま出しておけばよかったとも思うが、
それはあくまで結果論であり、パソコンというこの未知なる不可触領域の代物に対しては、用心するに越したことはない。
(きっとバックアップ取らずに出していたらデータクラッシュしてたに違いない。傘もって出なかったら雨が降るのと同じで)
さっそくリンクケーブルをつなぐ。先月つないだ時は、あっけないくらい順調に転送できたので、のほほんと―
「ぎやおおおお!!!!」
初号→ピカリン二号の時はなんら問題なくできた転送が、で、できない!!?
あの忌まわしい「例外OE・・」だの、いきなり再起動だの、フリーズだの、ありとあらゆる卑劣な(?)手段でもって、
ピカリン二号は転送に失敗するのであった!
1週間とはいえ、HPはエディター改装なぞしてるし、この間来たメールもある、やりこんで途中まできているゲームもある。
今回はデータ落ちがなかったとはいえ、一方通行の転送しか出来ないのでは、なんのために大枚はたいてピカリンを買ったんだああ!
大ショック〜〜。
(コワレル)
リンクケーブルを一度アンインストールして入れなおしてみる。 ためしに初号→ピカリンで転送してみたら問題なし。
やはりピカリン、君が元凶だね。
ときたま転送に成功する時があるので、スキャンディスク込みの長い長い繰り返しの果て、なんとか
HP作成全データを取り戻す。ゲームはあきらめる。(涙。初めからか・・・)
幸い今回は元データが消えてなかったからいいようなものの、もし消えてたら、とんでもないことになっていた。
疲れたので、週末おなじみのスキャンディスクとデフラグをする。
ピカリンは、スキャンディスクを「完全」でしてみたら―まだ、やってる。
(そのあと、最後通牒を突きつけて転送してみたが、やはりスキャンディスク再起動になった。むろん転送・失敗)
・・・ピカリンは、USBケーブルが嫌いなのだろうか??インターネットと転送の共通点といえば、
ともにUSBケーブルを使うことだが・・・。
戻せないのでは、バックアップ機器としての意味をなさない。
原因は、IEではなく、もっと根本的なプログラムの中にあるのだろうか。だとしたら
リカバリCD・・・でもこれで直らなかったら???
せっかくいとしい初号機が帰宅したというのに―頭痛。
ピカリンの大ばかやろ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!
9月3日 一日、頭痛。WindowsのHELPを見たところ、やたら青い場面のバリティエラーメッセージが出るのは、
RAMとやらの不良かも、とあった。そうなると、ド素人がなんとかできる領域ではないな。
とっとと修理に出すべきか、それとも一度リカバリCD−ROMを使って一から出直してみるか、
思案のしどころだ。
IEだけの問題なら、初号はIEのみ、ピカリンはNNと、使い分けてもいいなと思っていたのに・・・。
パソコンに愛称つけている人はけっこういると思うが、性別はどっちだろう?
9月5日 午前三時過ぎ ぶっとおしでリカバリした。でも画面はまたもブルーに染まった・・・。
ダイレクトに修理に出せばいいものを、好奇心はネコをもコロスとことわざにもあるのに、
リカバリCD−ROMを入れ、再セットアップを試みる。
けっこうとっても時間がかかったし、ネットにつなぐには、ターミナルアダプタ、プロバイダの設定も必要だ。
約一ヶ月前にも同じことをしているはずなのに、全然記憶が残ってない自分に愕然としつつも、
ヤケクソで敢行する。
なんとかマウスもセットし、リンクケーブルもインストールする。目が回る。
インターネットにつなぐ。一度ブルー画面になる。いやな予感。しかし、初号機だって、時たま起こること。
心をはげましつつ、肝腎のリンクケーブルを使った転送実験だ!
なんだか認識にやけに・・・。試しに作った軽いファイルはすぐ転送成功。よしよし。
しかし、初号機→ピカリンに送ったわりと中味のあるフォルダ(といっても初号機は瞬時に転送した)を、
ピカリン→初号機に送ろうとすると・・・あ・あああ・あぎゃ〜〜!!!!!!(衝撃で人語を忘れる)、
またブルー画面で固まった〜〜〜!!同じじゃないか〜〜、かわらない〜〜!!
・・・・・・・・・・・・。(しばらく放心)
つまりこれは、ソフトのエラーでなく、ハードの??
一晩の努力はこうして秋の夜露と消えたのであった。
ピカリンは修理に出すことにしよう。ほかにネコの手はなさそう。
(こいつのおかげで、日記以外全然更新できない・・・。)
9月7日 ピカリン二号、リカバリしたら、マイクロソフトのPHOT EDITORがメニューから消えていたんだよね。
画像の関連付けもIEになっていたし・・・。(あの時は別件で必死だったので、今頃思い出した)
あれはいったいなんだったんだろう。ペイントからも、gif保存が消えていた。
リカバリって、買った時の状態になるんではなかったの―?
テンキーを使わない数字入力にも、ようやく慣れた。考えてみれば、HPを作って半年のうち半分はキーボード
おかしかったことになる。インターネットがいつ切れるかドキドキする、ピカリン・シンドロームからはまだ回復してない。
今日あたり、修理に出したい。
はたして更生されるだろうか???
ピカリン二号を電器店に持って行く。よく来るヤツだと思われているだろうが、仕方ない。
IEのなんたらとか言ってたけど、自分でバージョンアップしたならともかく、リカバリで買った直後の状態にして
おかしいんだから、そっちで何とかしてもらいたいものである。
初号機は、あいかわらずIMEツールバーがないが、今のところお元気だ。健康第一。
ノートのふたに何かこびりついていたので取ろうとしたら、塗装がはげた跡だった。さらにはげた。
修理した人がどこかにぶつけたな。オノレ。
9月9日 ピカリンにいれたのと同じ付録(4.7セット)を使って、初号機にネットスケープをインストールする。
おかしくなったら、すぐ削除すればいいだろう。(なにしろ初号機もけっこう気難しいから!)
今これを書いているエディターは3つまでブラウザを登録できるから、書きながら両方で見られるし。
(といっても、両方で同じように見えるものは作れないので、IE5.0を基準にこれからも作っていくだろうけど)
IEでネットにつないでも、とくにあの忌むべきブルー画面も出ず、初号機はゴキゲンなようで、ひと安心。
エディターの一つに「低機能(と書いてあった)ジャバ・スクリプト作成」なるものがあったので、ためしに記入してみたところ、
謎のボタンが発生する。喜んでそれをネタにショート・ショートを書く。むろんジャバなるものは、今だ何だか知らない。
9月10日 IE5.0→5.01もしくは5.5へのバージョンアップは、当分しないつもり。
5.01は、違いに気がつかなかったくらいだものね。見えないところでイロイロ“改善”されているのだろうが、
こっちにすれば、それが元でトラブルが発生するほうが(可能性・大)、もっとも怖い!!
Songコーナーの詩の一編が、ネスケでは画面真っ暗のままであることに気がつき、あわてて修正。
9月14日 壊れたキーボードで数字を入力するために、15を「ジュウゴ」というふうに入れて変換するくせが、今だ抜けない。
ピカリンを出してそろそろ1週間。この初号機は、初めから故障個所がはっきりしているせいかすぐ戻ってきたけど、
そうでないのかしらん。
連載小説をエディターで書こうとしたが、少しづつの入力と違い改行がめんどくさい。WORDで打ってテキスト保存し、
エディターで自動タグ挿入して手直しした方が楽かな。
9月16日 そういば初号機、修理に出す前は、HPでしばし「必要なmidiなんたらがない・・・」と表示していたが、
今は表示そのものが出なくなった。(むろん鳴らない)ピカリンは鳴っていたので、IEの何かの設定かもしれない。
さっき、ネットスケープでリンクコーナーのHPを回っていたら、ネスケでは素直にBGMが鳴ることが判明。謎だ。
9月17日 滞っていたコーナーの更新が進む。この日記とそれ以外のコーナーの更新度は、見事に反比例している。
初号機が戻り、問題児ピカリン入院中で、しばしの平穏。
今月でこの日記のネタがなくなることを心から願う。
9月18日 新規ページはWORDを使わないで書いている。そうすると、WORDでは自動的に裏で書いてくれるため
考えないですんでたHTMLタグのミスが必然的に激増。とほほ。
9月19日 会社の業務用プログラムのバックアップは、ふだんはCドライブ→Eドライブへのこまめなコピーである。
先週末、プログラムメニューの「設定の初期化」を間違えて押してしまった。見た目には変わらなかったようなので安心する。
が、今週になってふと見ると、バックアップ途中で表示される、「圧縮後はFD何枚分です」の容量が、以前の三分の一に
減っているではないか!?
よく分からねど、何かを仕出かしたことだけは間違いない。あわてて業者にお電話する。
初期設定分以外にあと9つ(プログラム?)あったことが判明。手動で再入力。あぶね〜。(冷や汗)
9月21日 ピカリンを修理に出して、ちょうど二週間になる。思ったよりタチの悪い重傷なのだろうか?
「急ぎません」と言ったからね。でももし、「どこも悪い所はありませんでした」なぞ言ってきたら、きっと私は切れるゾ。
9月22日 このパソコンにある唯一のエクセル・ファイルをなんとなく開いたら、意味もなくフリーズし、
電源を切るはめになる。(全然かまってもらえぬエクセルのタタリか?)
今の店舗にはエクセルがはいってないので、家で勉強するしかないが、もちろんそのようなことをする私ではない。
乏しい記憶ももうほとんど消去されつつあるこの頃。
9月23日 私はデスクトップ画面の「ゴミ箱」に何かはいっていると気になって、中味も確認せず、すぐカラにしてしまう。
家庭の卓上ミニくず入れと同じ感覚なのだが、違うのは、万が一捨てるファイルを間違えた場合、それは永遠に失われ、
外の水色のポリバケツに残っているということはないことだ。
最近はなるべく捨てる前に確認しているが、これまで失ったファイルは数知れない・・・。
9月24日 涼しくなってきたが、ノートパソコンはやはり暑い。この熱量、有効利用できぬものかいな。
週末、midi保存できる簡単作曲ソフトをいくつもダウンロードする。削除がめんどうなので、解凍後再インストールが
必要なものはパスした。(ともすればあちこち残骸が残るので、パカパカ試すにはそのままゴミ箱に捨てられるのがラクだ。)
簡単と書いてあったが、私にとっての難易度は9.99、金メダルが取れそうだ。現在怪音を鳴らすに留まる。
9月27日 昨日、電器店から電話があったらしいが、取ったのが母なもので、「修理したけど・・・なにか、どーとかだって。」と
内容を覚えていない。不安。お昼に職場からこっそりと電話する。
え〜〜、異常が確認できなかったぁぁっ〜〜!?なんじゃそりゃ〜〜!!?
一応見込み修理しましたとの話に、しばし呆然。夜、夕食をかきこんですぐ、電器店に走る。
電器店に付けられたメモには、異常が確認できなかったこと、とりあえずCLT(なんだそれは)とサウンドモデムの
ドライバをアップ(たしかそう書いてあった。・・・何?)したと書かれてあった。
私「・・・CLTって何ですか。」、職員となりに聞く。「ドライバのなんたらです。」(さらに謎)
メーカーの修理武に送ったんだろうから、修理の専門家がそう言うんだから、そうなんだろう。
・・・・・。
またおかしかったら持ってきてくださいととの声を背に、むなしくピカリンを抱え帰宅する。
今、初号機でこれを書いている。ピカリンを起動させるのが恐ろしい。またおんなじのが出たら、私の立場はどうなるんだ〜〜〜!
ネコをかぶり続けていたのか、それとも超自然的ミステリアルな、現在の科学では解明できない現象かっ?
たたき売って、そのお金で外部記憶装置を買った方がましなのではあるまいか。しかし、ヤフーのオークションに出すにしても、
正直に書いたら売れないよなあ。
“ピカリン二号。中央にチャームポイントのドット抜けアリ。USBケーブルがキライ。インターネットと転送に難あり。
再起動とスキャンデスクの画面を見るのが好きなひとに最適。” ・・・ヤダ。
9月28日朝 ピカリンをチェックするをためらっているうちに、心理的にへたって寝てしまい、気がついたら朝だった。
おそるおそるインターネットにつなぐ。(IEの設定だけはリカバリ後したので)自分のHPをのぞき、
リンクの部屋からお友達HPを短時間回って見る。その間は恐怖のブルーなし。
・・・・。直ったのかな。ホント??でも、以前もゴクたまにはひっからない時もあったし・・・。もう少し様子を見ねば。
インターネットでブルー画面にならなければ、リンクの方も大丈夫そうな気がする。ぜんぜん電子的根拠はないけど、
ただ、なんとなく。
直ってるといいなあ。
でも、いったい・・・?
9月29日朝 初号機にはUSB穴が二個ある。マウスの差込口は、裏ブタに隠れてない方に意味もなくずっと決めていたのだが、
さっき変えて(起きぬけでねぼけていた)差し込んだ。すると、パソコンが「新しいデバイスが検出されました・・・」と言いはじめた。
?寝ぼけまなこで「ハイ。ハイ。」とクリックしていたら勝手に完了し、その後特になにもなし。
差込口によって、区別されているの??
リンクケーブルをつなぐことが出来ない私。あのブルー画面を見るのが怖い。へたなホラーより、はるかに怖い・・・。
9月31日 明け方 リンクを張り遊びにいったあと、ピカリンをつないでみる。ブルー画面はあらわれない。
ひと安心。しかし・・・不安。ピカリン・シンドロームはまだ健在である。HPの更新が露骨に滞る。
わけのわからぬ理由でああなるのなら、いつまた再発しないとも限らないではないか!?だいたいあれだけイカレておきながら、
修理の人の前ではバックレていたその根情が許せぬ。(?)
お気に入りのHPの登録に飛びまわり、電源を切る前、ふとダイアルアップネットワークをなんとなくクリックする。
まだオフィスのメール登録をしていないと思いつつ。
が〜〜〜ん!!
電話番号が市外局番になったままだ〜〜!!
プロバイダへの登録は初号機の時もらったCD−ROMでしたのだが、これには7月から市内に出来たアクセスポイントの
電話番号が登録されていないため、以前の番号で仮登録しといて、あとで書き換える必要がある。ピカリンが来たのが7月末、
初号機の変更から近かったせいもあり、この時はきちんとピカリンの方も書き換えていた。
が、例のブルー画面のことばかり気にしていたせいか、リカバリ後の設定で書き換えを忘れたらしい。
ってことは・・・エリアプラスが解除された、隣接とはとうてい言えないあのアクセスポイントまで
ずっとかけていたわけ〜〜!?おまけに別の市外局番の登録はなぜか06(どっからきた?)となっていたぞ。
はやめに気がついたのが不幸中の幸いといえぬこともないが、ああ、電話代―
やはりピカリン、恐るべし。
9月中にアップしようとしたら、FFFTPが反応しない。以前も週末に似たようなことがあったから、「お気に入り」で
ジオのトップページにアクセスしようとしたら、「ページないよ」。アップどころか、ジオすべてのHPが出ないことが判明。
履歴からレンタル掲示板に潜り込む。あ〜、ピカリン病が伝染したのかと思った。ほっ。