The Sword of Truth  23


 瞑想園は今日も静まりかえって、一日をむかえている。
 今この園の住人は少ない。きわめて珍しい例外によって、瞑想を途中下車し、もどってきた者達だけが残っているからだ。異国出身の僧ダ・ガバラも美僧のグリュミも、精神感応者に必要な、深い深い心の宇宙を旅している。
 つい先ほどこの一行に仲間入りしたばかりの聖ヒジャインの姿もみえる。起きてきた者達と交代で瞑想にはいるならいのこの大僧正は、一連の“独自の判断”による僧院の逸脱行為の責任を取って、僧正職を辞し罪に服する構えであったが、人々はそれを許さなかった。わずかな間に大いなる伝説となったあの審判の日にとった僧院の行動は、ほとんどすべての者に肯定され、批判を与えなかった。
 僧院の信条が傷つくことはなかった。
 ただたった一人の姿だけが、瞑想園にみえない。ここにいるはずのその人物が、いったい何処にいるのか―
 「瞑想園以外のところで瞑想にはいってはいけないという規律は、もともとないのだしな。」
 最後に自分も瞑想に入る前、大僧正はほほえんでつぶやいた。
 「あれらしい。」
 瞑想園は、瞑想中は外部に対してまったく無防備となる精神感応者の肉体を守り、その魂のリフレッシュを妨げないようにするためにある。
 そしてかの人間が今いるところも、邪魔をしにくる者がいないという点では、高い石塀で囲まれた園に匹敵するはずだった。

 「ガゥ―ズ?あのあとかろうじて洞窟に這い込んで、それっきりですよ。給餌にも出てこないし。死んだのではないですか?万が一ということがあるから洞窟は立ち入り禁止になってます。本来は数ヶ月絶食しても生きてるそうだから、念のためにね。」
 丘の上の囚人を監視しているひまそうな小屋の番人は、あとから審判の日のことを伝え聞いて、時折尋ねてくる地方からの見物客に説明している。
 アンティオの暗部と怖れられた洞窟は、ぽっかりと口を開けたままだ。監視の目をぬすんで中に入ってみようという人間もいない。
 苦労して城壁を下り洞窟の中に入っていった三人連れが、出てくる時は二人になっていた現場を見た者はいなかった。
 そしてそのあと僧院から何人かがあわてて入っていき、今度は人数分きちんと出て行ったのを見た者もいなかった。

 洞窟の中は、ナユが決死の戦いにいどんだあの日のままだ。何百年かわりない光苔とクリスタルが作り出す、幻想的な世界。
 おそらくこの閉ざされた空間の最後の住人となるであろう巨大な獣が、入り口からあまり離れていないところで―ねむっている。固まった血のりをまとったままで、一見すると生きていないようだ。その太い前足に抱きかかえられるようにして、一人の人物が同じねむりについている。獣と同じく、ひどく傷ついた姿だ。しかしその顔は安らかだった。聖獣の凶暴な肉食獣の顔も、目覚めて咆哮する時の迫力を知っているわずかな人間が見れば驚くほど穏やかだった。
 瞑想に入る前、従者に頼み込んでガゥーズの生死を確かめにきたイラム・シムルグの姿がそこにあった。
 「ガゥーズよ・・・お前の役目は終わった。傷がいえたら―森に返してあげよう。お前のゆがまされ、おとしめられた心の傷もいやそう。第三の目を失って、その闘争本能も大半が失われたはずだ。
 もう、むりやり戦わせられることはないのだよ・・・。」
 動かない聖獣の側に連れて行ってもらい、弱りきっているとはいえ身じろぎひとつで自分を押しつぶしかねないかっての恐怖の巨獣に、イラムは語りつづけた。
 そして、ガゥ―ズの心をいやしているうちに―みずからも深い瞑想の中に溶け込んでいった。イラム自身、感応者として非常に疲れきっていたから。あわてて駆けつけた聖ヒジャインは、このままでよい、とうなずいて皆とともに立ち去った。
 聖人と聖獣は、生まれた時からの友のように、ひとつになってねむっている。月日ののち目覚める頃には、聖人の髪は彼をつつみ2本の足で立てるようになり、聖獣はそれ本来の知性にめざめ、生まれ故郷の森へと帰るだろう。

 だがそれは―さらにのちの物語と、なる。


―The End―


 


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