ミディアム



嫌なことはキレイさっぱり忘れてしまえる癖を、友達はみなうらやましがる。
でもそれは、失敗から何も学べないということ。
だからいつも同じような間違いを繰りかえす。



「焼き方はミディアムでいいんでしょ。」
フライパンをつかったお手軽ステーキ。肉汁がフツフツ音を立てる。
「ああ、火がよく通ってないと駄目なんだよな、オレ。あんたは。」
「同じ。」
ホントは、焼き加減云々以前に、ステーキそのものがそんなに好きじゃないんだけど。
でも、男を部屋に呼ぶためのお手軽な口実にはなる。
克樹はこころなしか、たいくつそうにみえる。
本当に、ステーキだけが目的で来たんじゃないでしょうね?
まさか。
ワインを買ってきてと頼んだ。
コンビニの袋にはいったまま、それはテーブルに立っている。
「はい、おまたせ。」
申し訳程度のつけあわせをそえたステーキを彼の前におく。
「お、うまそうだ。」
彼は私の提供したエサに美味しそうに喰いついた。



「はい、頼んでた分。」
「お、サンキュー。」
封筒を差し出す。彼は紙幣の数をさっと確認して、ズボンのポケットにねじこんだ。
これで三回目。
まただ。
また?
なにか思い出しかけるけど、ふりはらう。
そういえば、去年の冬のボーナス、何に使ったのかしら?
克樹は女性対象のスポーツジムのバイトをしている。
私はそこで彼と知り合ったのだけど、生活は苦しいらしい。
彼のアパートを引き払って一緒に暮らせば、
家賃分は浮くと思うんだけど。
そういえばまだ彼のアパートには行ったことがない。
住所は知ってるの。こっそり行って驚かそう。



これから彼のアパートに差し入れに行く準備の買い物。
あれ、私・・・どうして灯油の缶まで買ったのかしら。
ま、いいか。冬だし。



「あ・・あれはただの友達だよ、ジムの。なっ。」
「うそ!あの女とずっと会っていたのね、自分の部屋で!だから―」
「・・・おまえ、ちょっと飯くわせて金めぐんだら、
それでもう自分のもんだと思ってるんなら、大間違いだぜ。」
「・・・・。」
「いつだって別れても―
お、おい、何撒いてるんだ・・・そいつは―灯油!!?
や、やめろ、そのライターを―」
「さよなら。」



嫌なことは、すぐ忘れてしまえるの。
朝のTV。いつも毎年見てるよな冬の火事現場のニュース。



「焼き方はミディアムでいいんでしょ。」
「ああ、火がよく通ってないと駄目なんだ、俺は。」




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