ハンター(下)

 ヒムラは平然と、同業者達の絶叫を聞いていた。
 「くそ・・・こいつ、すごい念動者じゃないか!」
 「お、おれの腕が・・・!!」
 生木が裂けるよりもっと実のこもった音。
 まったく大した実況中継だった。音だけで大体何が起こったかのみこめるほど。
 「ふん、ばかめ。」
 彼女は手の平の交信機に向かってつぶやいた。氷とか氷柱とか言われている無表情さで。
 「追いつめて極限状態にさせるなんて、相手の恐怖をあおり立て、力を暴走させるだけじゃないか。これだから素人は困る・・・。」
  ヨシキに出くわしたため、なんとなく調子が狂って、今日のハンティングの名乗りをあげることは難しいかと思われたが、これは・・・。
 銃を点検しなおす。
 やわらかな靴底は音をたてない。ネコのような動きで階段を上がり、問題の倉庫まで来た。
 売り場に通じる、いつもは開いている防火用の扉がしっかりと閉じられていた。
 血の生臭い香りが鼻をつく。
 「・・・。」
 狭い室内でダイナマイトを爆発させたような惨状が展開していた。扉の内側に張りついた男がめくれるようにくずれ落ちた。顔半分がつぶれている。
 最初の反撃で一斉に中へ飛び込んだのはいいが、追いつめられた相手の、瞬間的なエネルギー放出によって、全員が吹き飛ばされたらしい。彼女のの足元にある死体は、自身の銃が暴発したらしく、腹部がちぎれ、内臓が飛び散っていた。
 相打ち、のようだ。どうやらハンターは全滅のようだし、賞金を申請できる生きた人間は自分だけかもしれない。それならそれで、結構だ。
 だが、ヒムラがつい無防備に、薄暗い倉庫の中ほどまではいり込んだ時、彼女の肌は、ピリピリする“気”の気配を感じた。

   少年は、生きていた。
 報告データよりはるかに‘大物’の念動者だったらしい。潜在力が、恐怖によってMAXに引きだされたのだ。
 ヒムラは、壁に寄りかかっている少年の青白い顔を眺めまわした。少年も、近づいてきた女の顔を凝視した。
 「女・・・?」
 ハンター達の思考を読んでいる時に、しきりとささやかれていた名前があった。
 「おまえ・・・あいつらの話していた女だな。」
 足にも致命傷ではないが、弾を受けている。指を2本失っていた。
 今まで10人以上のエスパーを殺しているプロ・ハンターの女・・・。」
 表情の冷ややかさを除けば、そして手にもった銃さえなければ、ハンターを思わせる様は微塵もない。だが・・・。
 「私も有名になったものだね。」
 ヒムラは銃をかまえている。小型で軽量だが、至近距離での殺傷率はよい。
 「それ以上近づくな!こいつらと同じように―」
 同胞の死体をまたいで進んできた女の表情は変わらなかった。少年はふいに、殺したハンター達に対してより、激しい恐怖を感じた。
 「殺してやる!!」
 これまで生きてきたありったけの憎悪ををこめて、彼は‘力’を、目の前の女にたたきつけた。
 ヒムラは微笑した・・・。
 彼女の待っていたことだった。エネルギーの塊が彼女の周りの空間を切り裂いた。
 しかし、ポニーテールの髪一筋そこなわれてはいなかった。
 「私にその力は効かない。」
 相手の額に正確に狙いを合わせ、ヒムラは言った。
 呆然とした少年の顔が次の瞬間こわばった。強烈な思念波が飛び込んできたのだ。
 『なぜなら、私もエスパーだから。』
 女の目は異様に輝いていた。
 『どうして私が、1人で10人以上のエスパーを殺せたと思う?』
 少年の念動力を、相手は軽く中和し、無力にしている。
 彼の目に、母親を殺した時でさえ忘れていた涙が浮かんできた。
 『そんな・・・。』
 『そんな。仲間を―仲間じゃじゃないか、どうして・・・。』 
 日頃の無表情の彼女の顔を知っている者が見たら、表情の豊かさに目をみはっただろう。
 生き生きとした、美しい死の女神の微笑。
 『仲間だって?』
 氷のような思念波が返ってきた。それは少年の心を、額に穴をあけられるより先に凍らせていた。
 『ハンターになって,エスパーの側にいれば、超能力を使っても相手になすりつけられるから便利なのさ。』
 ヒムラは銃をポーチにしまいながら心の中でつぶやいた。

 それはおよそ十年前に始まった。
 子供の中に、思春期にはいってから、強い超能力を持つ者があいついで発見され始めた。
 “荒れる10代”の社会問題がまだ全然沈静化していない頃だった。
 マスコミはお得意の“社会への不満”が超能力を発現させたのだと、例によってあれこれと論じるばかりだったが、事態は悪化する一方だった。
 超能力は、当人の社会性モラルの有無と無関係に発現したからだ。
 「自分達は特別」意識の肥大した一部の集団が、警戒する社会に対して革命を起こしたことが、彼ら全体に悲劇をもたらした。
 ‘劣った人類’の作った法律にはしたがわない。
 それはごく少数派だったにもかかわらず、エスパー全部がそうだというイメージが作られてしまった。この時ワイドショー等がしきりに見出しに使った“エスパー”の言葉が悪い意味で定着し、かって一昔前のマンガの「正義の味方」のイメージは払拭され、今では完全に忌み言葉化している。
 一般市民を多数死の道連れにした革命が終わった後、弾圧が始まった。
 法案が改正され、登録が義務づけられた。人間は‘異端’を疎外する傾向がある。一般市民にとって、“エスパー”は、存在自体がもう、恐ろしい怪物なのだった。
 病んだ社会は、スケープゴートを必要としていた。

 「ヒムラ、そこにいるのか?」
 突然の、間の抜けた声。
 管理局、情報局など、法で定められた手続きをするために、連絡しているところだった。
 振り返ると、防火ドアが少しづつ開き、見慣れた平凡なハンサム面の男が首から先にはいってきた。 中の惨状に飛び上がり、腰をぬかす。
 ヒムラの眉がつり上がり、元に戻った。
 「ヨシキ。どうしてここに?」
 相手が、その質問に答えられるようになるまでには、かなりの時間を要した。
 「いや、・・・あれからどうしても気になってね。ESPセンサーをレンタルで、うげ、借りてきたんだ。センサーを作動させたままウロウロしてたら、何か強い反応が―
 うぐ、げっ。」
 倉庫の薄闇に目が慣れるにしたがって、死体のスプラッタさがさらに鮮明に見えてきたらしく、とうとうヨシキはゲイゲイ吐き始めた。しゃがんでも、床も一面どろりとした血の海だ。
 犬みたいなヤツだ。おせっかいめ。現場にふみこまれていたら、やっかいなことになるところだった・・・。彼女は内心毒づいた。
 しかし、こういう現場を目撃したら、おぼっちゃんのこと、怖気づいて二度ともう、つきまとう気になるまい・・・。
 「ちょうどいいタイミングでね。このエスパーがハンターを皆殺しにして力つきた時に出くわした。」
 ヒムラは、ヨシキが床に投げ出したままのESPセンサーを拾い上げた。レンタルで借りられる最上品だ。
 ハンディタイプのESPセンサーは高価なもので、ハンターが借りる時には、生命保険料分の割増をとられる。ハンターがエスパー に殺られた場合は、大抵センサーも共倒れするからだ。ヨシキにつき出す。
 「これで大金が手にはいったし、政府に貢献できたというわけだ。」
 吐くものがなくなったのか、ヨシキは口を真っ白なハンカチでおさえ、息を切らしている。
 彼の声はごくごく小さく、つぶやくようだった。
 「よく、よく―こんなことができるね・・・。」
 そして、さらに小さく、
 「君、エスパーだろ、ヒムラ。」
 ヒムラの切れ長の目がはしばみの形になり、暗い色に光った。
 動じた様子はないが、その目つきが尋常でない。ヨシキは瞬時に吐き気を忘れた。
 あわてて大声で一言そえる。
 「ここで一般人のおれを殺したらどうなると思う?」
 その言葉は非常に効果的だった。ヒムラはCOOLな表情に戻った。
 この男の父親は政府関係者だ。ここにころがっている連中とは、わけが違う。
 ふつうの人間を殺しておいて、“実は隠れエスパーだった!”と宣言することは、すべての殺人を合法的にしかねないので、現実的には禁忌である。
 やみくもに否定して、告発されるより―
 今はとにかく。
 「・・・ヨシキ、確かにそうだね。お手上げだよ。」
 この男、思ってたよりバカじゃなさそうだ。
 彼女は緊張を解いた。それでもこの室内に盗聴・盗撮機器がないことをさりげなく時計型のチェッカーで再検査するのは忘れなかった。
 「いつかは―、と思っていたが、まさかあんたに見破られるとはね。私につきまとっていたのも、そのためか。」
 相手の表情が曇った。
 「まさか、か。」
 政府高官の息子は、ちょっとためらったが、口を開いた。
 「君はやっぱり、テレパスじゃなかったんだな。」
 「やっぱり?」
 ヨシキは苦笑いした。
 「わからなかったのか―やっぱり。おれも君と同類だってことに。」
 無表情で有名な相手の顔に、さすがに隠しきれぬ動揺、放心、そして年相当の表情があらわれるのを見て、ヨシキはうれしかった。今まで告白しようとしても、言うタイミングをことごとく狂わされてきたのだ。
 「あんたもか―」
 ヒムラはショックを受けたように呆然としてみえたが、実は拍子抜けしていたのだった。
 訂正。やっぱりこの男、バカだ。
 彼女は人の心は読めないが、テレパスの攻撃に対しては、心をシールドしたり、逆に相手の感受性が高いのを利用して思念波を送り込んで、かく乱させることができる。
 だが、いちいち自分の手の内を明かすようなことはしない。
 ヨシキは再び話しかけようとして止めた。人が大勢やって来たのだ。ヒムラが先に連絡していた、もろもろの管轄の職員達だった。
 許可証を見せ、若干の検分もあったものの、“その業界では有名人”の彼女は比較的早く解放された。
 有能なハンターの顔が一般的に知られてしまうと、狩りに大いにさしつかえる。政府から圧力がかかっているのでマスコミは報道できない。
 報道されるのは、死んだ時だけだ。
 職員達は、死んだハンター達の身元確認に大おわらわだった。

 ヒムラは、なんとなく―ま、仕方なしにヨシキの車に同乗していた。いつものようにさっさと振り切って、電車で帰るというわけにはいかなかった。
 ヨシキはごきげんそうだ。デート気分らしい。ただ、相手がすまして黙ったままなので、一生懸命しゃべっている。
 車は市街地をぬけて、海岸線にはいっていた。
 「おれもエスパーなのに、驚いた?
 ―潜在的な超能力者は、政府の発表する発生率より、ずっと高いんだ。しかも、年々上昇している。ただでさえ少子化が問題になっているからこのことが公になると、出生率が激減しかねない。今はまだ、非・エスパーの方が圧倒的に多いからね。」
 「・・・。」
 「世代交代の時代なんだ。政府がいかに厳しく取り締まろうと、生まれる子供が100%、なんらかの超能力者になるのは、そう遠い先の話じゃない。そうなればもう、政府も観念するだろう。
 エスパーを抹殺するのは、未来を閉じることになるからな。」
 ヒムラはテレパスではないが、心をシールドすることは無意識下にやっているらしく、これまで彼女の心の奥底のキャッチに成功したことはない。ムリにこじあけようとすれば、とんでもないことになるだろう。
 「おれはこの能力があらわれたのが比較的遅かったし、力の伸び方もゆっくりだったので、ボロを出さずにすんだ。テレパシー検出器はないから助かってる。
 君は、いつ頃からだい?」
 ヒムラはいつもの調子で答えた。
 「私の場合は、不愉快きわまるものでね。高校のクラブ活動で残っていた時、学校に逃げ込んだエスパーにレイプされ、おまけに妊娠させられた。」
 「!!」
 ヨシキは思わずブレーキを踏んでしまい、車はスピンしてあやうくガードレールに衝突しかけた。
 彼は少し先の人気のない小さな展望台に車を止めて、おそるおそる助手席の彼女の顔を見た。顔色ひとつ、変わっていない。
 「私を犯せば口封じになると思ったんだろ。聖母マリア遺伝って知ってるか、ヨシキ。」
 「いや・・・。」
 「胎児がすでに強い超能力を持っていた場合、母親が逆に子供の影響を受けることさ。子供はなんとか流産に成功―したが、こっちまでエスパーになってしまった。
 おかげで、エスパー、とくに男のエスパーを見ると、ムカムカする。」
 話し方は他人事のようだったが、ヨシキは、シールドされているにかかわらず、わずかに感じ取ったヒムラの心の闇に触れて、震えあがった。
 ぞっとするような虚無。憎悪。
 プライドの高い美少女に、超能力で自由を束縛されたまま与えられた暴力は、生涯いえぬ傷を負わせただろうし、憎みぬいたエスパーに自らがなってしまったことが、彼女を“自身を殺す”行為へと駆り立てているのかもしれない。

 ヒムラはゆっくりと車のドアを開け、外に出た。ヨシキも後に続いた。
 潮の香りがきつい。曇り空の下の海は灰青で、テイクアウトのゴミがちらかったままの展望台はもの寂しかった。
 ヨシキはヒムラのいきなりの告白に、まだボーッとしている。
 テレパスといえど、すべてがわかるものではない。事件は彼が卒業後起こったし、あらかじめそのことを知ってて、関係者に質問して誘導させないことには、過去に起こった出来事を心の表面に浮かばせることはできないからだ。
 相手の方が、はるかに上手なのは百も承知だ。高校在学中から好きだった。しかしその頃は、自分の力に対する悩みで手一杯だった。
 卒業後、なんとか心のゆとりができて、再会にこぎつけた時は、ヒムラが(もともとキツめの性格ではあったが!)変わってしまっていた。
 もう、元には戻れない。ヒムラも、自分も、時代も。
 超能力者だけの実力本位の社会になったとしても、人間の心のレベルは進化していない。
 そこに待っているのはユートピアではなく、もっと苛酷な弱肉強食の世界だろう。
 ヒムラは、タバコを吹かしながらブラブラ歩いている。でも隙はない。
 「あんたがしきりに私にプロポーズしてきたのは、私が同族だから安心、というわけか。」 
 確かに彼女には人の心を読む能力はないらしい。
 「それもあるけど。」
 ヨシキは無邪気ににっこりした。ヒムラはかすかにウンザリした目つきをしたが、それでも無表情よりはマシだった。
 「ほんとは、君がエスパーであることをネタに結婚をせまろうとしていたんだけどね。」
 ただ好きだからと正攻法で言っても、彼女には通用しないだろう。
 かといって、いかにほれていても、弱みをにぎってても、彼女が、必要とあらば交尾中に相手の首を噛み切ることのできる雌のカマキリのような女であることは忘れてはならない・・・。
 「うんといってくれなくていい。おれのことも話せて、すっきりしたよ。」
 こちらの殺意を狂わす才は、天然かあるいは意図的か。
 物分りのよさそうなことを言ってるが、断ったって、今後もつきまといそうなのはミエミエだ。
 どうりで行く先々に現れるわけだ。テレパスの能力を駆使して追跡しているのだろう。とんでもない‘ハンター’に見込まれたものだ。
 「・・・。こうなったら好きにしたらいいさ。お互い弱みを握っているうちはね。」
 ヒムラのあいまいな返事にかかわらず、ヨシキは勢いこんで言った。一番彼女に言いたかったこと。
 「―ESP検出技術がもっと進めば、多重の念動波の識別が可能になるかもしれない。
 そうなったら君が危ない。危険なんだ。追われる立場になったらどんな目に合うか、君が一番知っているだろう。
 それでも君はハンターを続ける気かい?」
 ヒムラの唇に微笑が浮かんだ。ずいぶん皮肉っぽかったが。
 「死ぬまで、ね。」





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