ハンター(上)

 平日のデパートは、比較的混んでいた。
 ヒムラは、切れ長の目を眼球だけでゆっくり見回し、3F下の階段の踊り場、店内アナウンス用TVのスピーカーの近くの壁にもたれた。
 タバコケースを、肩下げしているポーチから取り出す。
 一応喫煙OKの場所だが、こういう場所でタバコをくわえることは、“公共環境汚染”のウルサい今日この頃では、なにかと風当たりが大きい。
 まァ、いいさ。旧時代の悪習を引きずるのも。政府が禁止すれば、別だが。
 世界不況のおり、少しでも税収が欲しい国は、ジャーナリズムの流れに便乗できないのだ。
 スピーカーがしゃべりだした。一年前から、街のあちこちに「政府提供ニュース」を何らかの形で流すことが、なかば義務づけられている。
 もっとも、それを誰もが直立不動で注目して聴けとは義務づけられてはいない―まだ。
 電子音が響く。
「PM4:00になりました。ではこれから国内のニュースならびに今日の閣議で定まった国民伝達事項を五分間お伝えします・・・。」 
 ヒムラの目は、無表情だ。
 まだ、20才過ぎだが、ひどく老成した雰囲気がある。
 格好は、無造作に束ねたポニーテールに、シャツと量産型ジーンズのラフなスタイルだが、それは彼女のもつ冷っこい空気を完全に薄めはしない。
 「・・10年にわたって反政府活動を続けてきた氏名手配中のアツモト タカシ(36)が今朝6時すぎ、市民の通報をもとに駆けつけた警察部隊により、逮捕されました。」
 「では続いて、エスパー・ハンティングの時間です!今日新たに確認されたエスパーは―」
 ヒムラは次々流れていく画像に目を凝らしている。
 自宅マンションのパソコンには、常に、情報局を初めとして、さまざまな処から流れてくるタイムリーなデータが蓄積されている。  いつでも端末でそれをひろえばいいのだから、ムリに公共放送にいちいち耳をかたむける必要はないのだが・・・今のところ、他にすることもない。

 誰かが自然をよそおって、意識的に近づいてくる。
 ヒムラは、気がつかないふりをした。相手は、目の前にたっても彼女が目もくれぬので、困ってしきりにまばたきしている。
 「やァ、こんなところで何してるんだ、ヒムラ。」
 ちょっとクスクスして、
 「ハンティングかい?」
 「そうだ。」
 相手は冗談で言ったらしく、目を丸くした。
 あいかわらずの人のよさそうなおぼっちゃん顔だ。高そうなスーツを、高そうに見えるように着こんでいる。ヤなことに、よく似合っている。
 「デパートの中で、か?」  ヨシキは、上方の店内を、キョロキョロ見回した。  一流の大学を卒業し、政府高官である父親のコネで、そのコネに相当する就職先についた、いわばエリートである。実力社会の枠からはみでているせいか、万事おっとりしている。
 髪を、今はやりのレトロ調総髪にし、肩できれいに揃えていた。
 まだ、“出勤”までには間がありそうだ。それまで時間を、この男でつぶそう。
 場所が場所だけに、逃げやすいし―3Fは、ブランド系婦人服売り場だっだ。
 「少し前、エスパーがひとり、このビルに逃げ込んだ。今、他にも何人ものプロが、網を張っている。 
 下手にお客に知れたらパニックになるからな。客を追い出すにしても、一人一人チェックしていたら大変な手間がかかるし、デパートとしては、大イメージダウンだ。 秘密裏に処理することを希望している。多大なボーナスが懸賞金にプラスされている。
 ―これをのがすハンターはいないよ。」
 彼女は、ハスキーな、抑揚のない声でゆっくりと話した。
 ヨシキは、相当な美人なのに、ちっとも美人にみえない若い女というのは珍しいし、気の毒だと思っている。高校のとき、クラブの先輩と後輩にあたっていた関係なのだ。
 それより―こんな場所だが、言っておかなくては。自由業でろくに家に居ない彼女をつかまえるチャンスは、めったにないのだ。
 「・・・ヒムラ。この前の返事は変わらないのか?」
 「・・・。」
 「いつまでも、女ひとりで危険なエスパー・ハンティングが続けられるはずばない!」
 返事はなかったが、ヒムラの顔に氷点下の微笑が浮かんだ。
 ヨシキは顔をゆがめた。ヒムラは苦笑した。
 大根役者のように型通りの反応しかしめさない、平凡な男だ。
 妙にあちこちで出くわして、馴れ馴れしく寄ってくるので、すでに十分閉口していた。
 金をつかませて、方々に“告げ口ネット”を張っているのだろう。 彼女の職業柄、一般人にうろうろされるのは、はなはだ迷惑だった。
   かといって、ヘタに怒らせるのも考えものだ。この男の父親には権力がある。息子がそれを本当に利用しようとしてくれたら、自由業の人間には分が悪い。
 とはいえ。
 「私の商売のほうがずっと―確かだよ、ヨシキ。
 確かにあんたの父上は政府のお偉方かもしれないが、今のように内部抗争が激しくちゃ、いつ何時失脚するやら・・・。ちょっと反政府的な言い方だけどね。」
 相手のつばを飲みこむ音が聞こえた。学歴の割には頭まわしのすばやくない男は、彼女の怜悧な会話を切り返す余裕もないらしい。
 「ヒムラ、そんな言い方はいいかげんに止めてくれよ。」
 怒るよりも、あわてている。悪い人間でないのが救いだが、ある意味では、悪な人間よりタチが悪い。彼女は心の中で二十回目の舌打ちをした。会話のパターンがいつも同じになり、こっちはあきてゲンナリしているのに向こうは毎回気がつかない。
 そろそろここを離れよう。彼女は完全防臭型の吸殻入れにタバコを入れ、歩き出した。
 歩き出しながら、言った。
 「最高のゲームだからね―エスパー狩りは!おまけに大金のチャンスもある。やめろと言われたって・・・ハハ」
 唇のはしに、全然可愛い気のないえくぼが浮かんだ。
 「エスパーの危険さを考えてみろ!」
 ヨシキは捨て台詞をはいたが、さすがに追っかけてはこなかった。助かった。
 一度つきまとわれてタイミングをはずした苦い経験があるのだ。

 6Fの売り場の奥。巨大なデパートメントの内臓部分。
 倉庫の奥、不良在庫のパッケージをつみ重ねた隅から、ゼイゼイと激しい息づかいがきこえる。
 薄暗い中、少年は自分にもう逃げ場のないことをすでに知っていた。
 心を開くと、さまざまな人の雑多な意識が流れ込んでいる。
 ESPセンサーは高精度で、念動力にはかなり敏感だが、テレパシーの検出はいまのところムリである。強力なテレパシーを相手の脳に送り込んで無理やり意のままに動かしたりしない限り―よくよく強力で、ESPの他の要素も複合的にからんでない限り、人の 精神そのものを検出するのは、不可能なのだ。
 念動力―サイコキネシス検出器だって、偶然の産物のようなもので、根本的原理はいまだ解明されていないのだから・・・
 ただ、このセンサーによって、エスパーがその力を使えば、範囲はそう広くないとはいえ、レーダーのように居る場所がわかってしまう。
 エスパーを“狩る”ことを専門職業としているハンター達は、‘もぐり’でない限り―つまり、登録されている正規の‘プロ’―は、ハンディタイプのセンサーを所持することが義務付けられている。センサーの小型化が進み、持ち歩きが簡単になってから、はなはだ 追われる側には不利になった。
  少年はデパートに逃げ込む前に肩を撃たれていた。血は自分でなんとか止めたが、苦痛はどうしようもなかった。ハンター達の思考が入ってくる。大勢の追っ手が金目当てにうろついているのだ。逃げ切れる可能性は、絶望的だった。
 『6Fは探したか。』
 『金は、取り決めどおり、山分けだぜ。』
 『今度のガキは念動力者だろ・・・こりゃ、ちょっとした捕り物になるぜ。』
 『なんでも母親に通告され、かっとなってぶち殺しちまった、ホンモノの殺人鬼ときている』
 『賞金は高いし、デパート側からのも合わせれば・・へへ、こたえられねえゼ。』
 舌なめずりが聞こえてきそうな思考。少年はヨロヨロ立ち上がった。
 倉庫のようなところは、隠れるには向いてても、いざ見つかったら退路がない。しかし、血まみれの姿で表の売り場に出て行けば、エスパーでなくても通報されるだろう。
 服―なにか、この血を隠さなければ。
 かあさん・・・。
 自分の手で殺した女の、頭骨が砕けた時の音が再び脳内に響いた。
 ヒムラは階段を半階降り、トイレにはいった。それからふくらんだポーチから小型銃器のようなものを出し調整した。ハンター間で使われている交信機は、手に固定する部分を除いては、コンパクトケースに似ていた。受信だけONにする。これはかなりの金をかけて、自己流に少々改造したものだ。
 「センサーを使わなくても、ハンターの後を追えば、ラクだな。」
 彼女は先陣を切って探しまくるのは趣味ではない。大勢で猟犬のように獲物を集団で追いつめるのは、キライなのだ。
 そのため、彼女はハンター仲間からもアウトローだった。
 しぼった音量でも響く声が、受信機からとび出した。
 『いたぞ〜、こっちに反応がある!』

 その頃、少年は倉庫から別の倉庫へと移ろうと、職員専用の狭い階段を降りていた。
 しかし、肩の傷による貧血でめまいをおこし、どんもりうって階段からまっさかさまに転がり落ちかけた時、エスパーの反射的悲しさ、念動力を発揮して体を浮かせてしまったのである。そう遠くないところに居た各ハンター達のセンサーには、この瞬間的な エネルギーが、まるで闇夜の超新星のような見事さでキャッチされた。
 少年はハンター達の歓声を四方八方から聞かされるはめになった。
 ハンター達は、指名手配されたエスパー、超能力者を捕獲もしくは殺傷し、政府公認の賞金を得るのを職業にしている。
 逃亡した彼らを見つけ出すのは、善良な市民達の密告である。かって起こった彼らの‘革命’は、一般市民に多数の死者を出しただけで中途半端に終わった。それ以来、マスコミの扇動もあって、‘超能力者の恐怖’はいきわたり、現在にいたっている。
 ただ、見つけた後の処置は、市民の手に余る。どうしても、専門の手にゆだねなくてはならない。政府側ももちろん対応していたが、例によってお役所仕事でもたもたしているうちに、人間の欲は、自然にプロを発生させた。
 政府も、危険の多い捕り物を、公務員に率先してやらせるより、万が一亡くなっても“殺され損”の連中にまず任せる方が得策だと認識したようだ。
 エスパーは発見され、登録を受け、隔離されるのを拒んだ時点で、一切の人権を不文律ながら、剥奪されたようなものだった。そのことについて非難するものは逆に‘危険分子’のレッテルを貼られ、社会的立場を失った。
 選民思想に酔ったエスパー自らがまいた種とはいえ、彼らはいまや、その存在自体が‘社会悪’化してしまったのだ。

 「そっちに逃げたぞ!」
 輪をせばめたきたハンター達は威勢がよかった。人間、仲間が大勢だと心強い。みな、思い思いの武器を携帯している。1人が首をふった。
 「こいつ、テレパスか?オレ達の動きを読んでいるような気がする。さっきから追い詰める一歩先に逃げ出しているんんじゃないか?」
 「つべこべ言わずに網を張れ!売り場に逃げ込まれたら厄介だ。デパートが報酬をを値切る口実になる!」
 彼らの会話をさっきから傍聴しているヒムラは、彼らの単純な浅はかさをあざ笑った。
 「フフ・・・念動者として登録されたからといって、テレパスの能力があってもおかしくないのに。」
 「追いつめろ!」
   ハンティングは山場を迎えたらしい。ヒムラは現場に行こうとしたが、止めた。
 今集結しているのは、人数は多くても烏合の衆で、顔なじみもいない、彼女からすればセミ・プロだ。ハンター中で名の知れたプロ中のプロ、ヒムラが加わるのをかえって嫌がるだろう。
 彼女はほっそりとした背筋をしゃんと伸ばした。本当のプロは、あんなふうに大騒ぎをしてネズミを追いまわすものじゃない。
 なぜなら・・・。

 少年の息づかいは、さらに激しくなった。なまじテレパスでもあっただけに、彼は‘殺し屋’が取り囲んで徐々に輪を狭めていく様を、肌で感じることができた。それはまるで、かって彼が好んだTVゲームのようだったが、このゲームにリセットはない。
 テレパスでもあったが、他人の精神にはいりこんであやつるほどの能力はなかった。
 彼の脳裏に、再び母親の死に顔がうかんだ。
 無残な死に顔だった。弟との兄弟ゲンカでつい力を使ってしまい、(弟のほうは、『ばらしたら殺すぞ。』で済んでいた)それを母親 に目撃されたのだ。
 エスパーに対してマスコミと政府の期待通りのイメージしか持たない母親は、うわべはやさしかったが、内心は嫌悪と恐怖に満ちていた。そして、夫と弟と母親自身の保身を第一に考えた・・・。
 自分を売ったな、とつめよったのがまずかった。
 母親は「殺される!」と叫んで逃げようとし、カッとなって放った力は母の悲鳴と頭部を一緒に握りつぶしてしまった。
 もう、逃げるしかなかった。エスパーがその能力を使って人を死に至らしめた場合は、たとえそれが正当防衛だろうと未成年者であろうと、容赦はされない。
 なんとかして売り場に逃げ込まなくては。ハンター達の会話から、逆に脱出の可能性を見出した彼は、倉庫の在庫品から厚手のぶわぶわのセーターを着こんだ。やや季節はずれだが、血痕は隠れた。ハンター達も、一般人がウヨウヨしている中では、はでな動きはできまい。  彼らは武器の所持を許されているが、それで一般人を殺傷した場合は、通常よりはるかに重い刑罰がひかえているはずだから。
 だが、ハンター達は、追いつめられた人間の行動パターンのマニュアルは覚えこんでいたし、ハンティング自体を楽しんでいた。
 政府公認のマン・ハント。
 「見つけたぞ!」
 太った、が見かけ以上に動きのよい大男が叫んだ。
 売り場に接近したため買い物客の思考のにぎやかさにブラインドされ、通路で張っていた男に気がつかなかったのだ。彼はテレパシーを頼りにしすぎて、肉眼では丸見えの男を見逃していた!
 少年は大男の売った弾をかろうじて避け、従業員専用の物品運搬用通路を走り、行き止まりのドアの中に飛び込んだ。
 空の倉庫だった。出入り口は、ひとつ。
 ハンター達は集結した。
 殺したっていいのだが、このガキは母親殺しだ。今回はなるべく生かしてとらえ、エスパーの恐ろしさをアピールするための裁判にもちこみたい、とひそかに伝えられていた。むろん、その分、報酬アップだ。
 エスパーが危険なのは承知だが、手傷を負っているし、これだけの人数だ。彼らはめいめいの銃を構えた。まず、麻酔銃を持った男がウィンクして倉庫に踏み込み、即座に撃ちこんだ・・・。




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