ここはどこ?

 真夜中に誰かの声で目が覚めた。
 「何よ、こんな時間に―」
 私は寝起きが悪い。一人暮らしで添い寝する相手もない身の上なのを思い出すまで、少々かかった。
 “ここはどこ?”
 かぼそいけど部屋の中から確かに声がする。私の眠気はすっ飛んだ。あわてて明かりをつける。
 “ここはどこ?”
 小さな声がたしかにする。でも、部屋の中には誰もいない。適齢期の女の部屋とは思えないほど散らかっているが、人気がないのは確かだ。
 “ここは、どこ?”
 音のでる物、TVもパソコンも、そして携帯も沈黙している。なのに・・・まるで、この1DKの部屋の何もない空間のどこかに隙間があって、そこからもれているように声は続いている。
 「誰っ!!?」
 一応、近所迷惑にならない程度に怒鳴ってみた。
 なにしろぶっそうな世の中だ。そんな理由で殺されるんじゃ死にきれないような動機で、たえず人が死んでいる。割りにあわない。
 “ここはどこ?”
 また、あの声だ。どこから聞こえてくるのかわからないけど、人の声。それも、 たしかにどこかで聞いたことのあるような声質。
 時計を見ると、午前一時半過ぎ。
 男と別れたことを後悔した。すぐ来てくれそうな手ごろな男友達も今、いないし・・・。 女友達じゃ、変な声がするの、とかいったら、絶対来るわけがない。
 TVをつけた。深夜時間帯に特有の長たらしいCMが流れている。少しだけボリュームを 上げる。
“ここはどこ?”
 TVの音より小さなはずなのに、その声ははっきりと聞こえた。これって、幻聴ってやつかしら。頭の中から聞こえているようには思えないんだけど。お酒も飲んでないし、 そういう世界には、私は無縁のはずよ。
 「誰なの!?答えなさいよ。」
 返事はない。同じことを繰り返すばかり。何なのよ、これ。警察に通報することも考えたが、 イタズラ電話と思われそうだ。声はあまりに幽霊っぽくなくて、意味不明だ。
 「いたずらだったら、すぐ止めなさいよ。」
 私はだんだんイライラしてきた。
 明日―じゃない今日、決算のしめで朝から忙しいことを思い出した。一晩中起きてるわけにはいかない。なんとかしてこの声を止めて眠らないと。
 “ここはどこ?”
 私は思わず怒鳴った。
 「地獄よ、そこは地獄!!」
 ちょっとすっきりしたが、とたんに私の部屋が消えた。周囲が真っ白になり、何も見えない。 自分の手さえ。
 な、な、何??
 “ここはどこ?”
 私は思わず言った。その声は白い闇の中で跳ね返り、フィルターをかけられた無数のこだま になって飛び散り、どこかへと流れていった。
 その時、私はあの声の主が誰かを知った。
 “何よ、こんな時間に―”
 “誰なの―”  どこからともなく、声が降り始めた。よく知っている声。そう、自分の声。
 “地獄よ、そこは地獄!!”
 世界はその声によって具象化された。私は地獄の業火に包まれた。


   「あ〜あ。何か面白いことないかな。」
 パソコンを起動させた少年は、デスクトップを見て、首をひねった。
 そこにはただ一つだけ、